Hさんがこの世にいないということがいまだに信じられない。
ぼーっとする時間があると、そのことを考えてしまう。
お見舞いに行っていたら自分はどうだったろうか、
昔のことを思い出すだけでどうしようもないではないか、
それでもそばで念じるだけでなにかの力にはなれなかったか、
いっしょに過ごしていたときこんなことあんなことがあった
苦しい時代だった
がんこな人だった
やさしい人だった
そんなあれこれあれこれ
すごい辛口の手紙を3年前にもらった
私のそのときやっていたことに関してだった
いまとなっては形見のようだ
「あなたは前に出すぎではないのか
もっと立ちどまったらどうですか」みたいな
そのときあたしは
もうあたしのことなんか何も知らないくせに
なにいっちゃってるんだろうと思った
でも、みていてくれたのはうれしかった
こわかった
びっくりした
あのひとだったらなんていうだろう と
そのときも思っていたのかもしれない
おとこにたいして
そんなふうに ずっと父にたいして
もっていた思いをかぶせてしまう
くせはいまでも払拭できたとは思わない
いろんなものをくれたひとにたいして
なにもできずに
うばうことしかしてこなかったのではないかと
おもうと
あたしは生きていて
そのひとはなくなって
ぼーっとする時間があると、そのことを考えてしまう。
お見舞いに行っていたら自分はどうだったろうか、
昔のことを思い出すだけでどうしようもないではないか、
それでもそばで念じるだけでなにかの力にはなれなかったか、
いっしょに過ごしていたときこんなことあんなことがあった
苦しい時代だった
がんこな人だった
やさしい人だった
そんなあれこれあれこれ
すごい辛口の手紙を3年前にもらった
私のそのときやっていたことに関してだった
いまとなっては形見のようだ
「あなたは前に出すぎではないのか
もっと立ちどまったらどうですか」みたいな
そのときあたしは
もうあたしのことなんか何も知らないくせに
なにいっちゃってるんだろうと思った
でも、みていてくれたのはうれしかった
こわかった
びっくりした
あのひとだったらなんていうだろう と
そのときも思っていたのかもしれない
おとこにたいして
そんなふうに ずっと父にたいして
もっていた思いをかぶせてしまう
くせはいまでも払拭できたとは思わない
いろんなものをくれたひとにたいして
なにもできずに
うばうことしかしてこなかったのではないかと
おもうと
あたしは生きていて
そのひとはなくなって
コメント
だから、奪っているうちは生きているんだと。
世の中はみんな何かを奪い合って生きてるから。
早く与えられるようになりたいです。